理想的な不動産の構造とは

理想的なお部屋で過ごそう

一日四回換気法

窓を開けたら隣の壁といったときは、せめて空の深い青や雲や星を見ましょう。一日四回換気法は、家庭だけでなく保育園、幼稚園、学校、職場などでも実行したい方法です。
休み時間などを利用して、せめて2〜3回のストレッチと深呼吸をします。ずいぶんいろいろな効果があると思います。一日四回換気法の中でもいちばん大切な換気はどれか?一日一回だけ行うとしたらそれは何時か?と尋ねられたら即座に「就寝前」とお答えします。特に乳幼児にとって、そしてアレルギーのある人にとっては、もっとも重要でしょう。アレルギー疾患の大切な治療法の一つであると考えてください。

平安朝貴族の理想的な住まい寝殿造りが、高床で天井が高く、御簾、凡帳、扉風などの間仕切りを使っているワンルーム形式であったことや、吉田兼好法師の『徒然草」第五段に「家の作りようは、夏を旨とすべし」と書かれていることは有名です。これらの建築様式は、その時代の日本人の体験的価値観から生まれたものであり、第二次世界大戦まではかなり一般的であったと思います。
かつて、とある彫刻家が岐阜で、「あかり」という提灯を制作されていたとき、建築家の茶室で、いろいろお話をうかがったことがあります。その時、その彫刻家は「日本の夏は美しい。浴衣の袖も、風鈴も、すだれもみな動く」といわれました。「あかり」も岐阜提灯の特性を和紙と竹で活かしながら、風を感じさせます。この彫刻家の話されたことは、視覚的に風を見ることができる、ということでありましょう。またそのとき、「木と鉄とどちらが強いか」と尋ねられて、答に窮したことを憶えています。
すると、「法隆寺をみてごらん」といわれました。「鉄は錆びて崩れてしまうけど、木も紙も強い、竹も強い」とくりかえされました。この彫刻家のものの考え方には、日本の気候風土が背景になっていると思いました。ところが第二次世界大戦を境にして、急速に日本人の価値観が変わり、欧米型居住環境というより寒冷地型の閉鎖的住居が多くなり、次第に気密性の高さがよりよい住居の指標となってきたことはご存じのとおりで住まいの環境の変化は、私たちの疾病の種類、性質まで変えてしまいました。
だからといって、住まいの環境が悪いことがわかったから、昔にもどせというのでは、自動車は事故を起こし、有害物質を撒き散らすから歩いたほうがよい、という議論と同じになってしまいます。

人類の叡智をもって解決の糸口を見つけなくてはならないと思います。平安期の寝殿造りは貴族の住居でした。それは当時考え得る理想的な住居であったといえるでしょう。使用目的に応じて可動間仕切りで囲い、一定の区画が何にでも使える流動性をもっていました。それが次第に使用目的別の部屋に固定され、ふすま、障子、板戸などの固定した間仕切りになってきました。書院造りです。
しかし江戸時代までは、武士の住居が基本的には開放型住居であることに変わりありません。明治になり英国人の設計によって鹿鳴館ができました。日本における近代西欧文明の象徴的存在でもあったのです。